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えいが

伝わってきた音を「伝えたい」という気持ちで表現する

最初はユニバーサル映画の実行委員会で、挿入歌を「どうにか伝えたい」だったんだよ。

ところが、歌とか音楽って、映画の途中でもたくさん入ってる時があって、どうしたものか?と言う事になって、じゃ…舞台の上でやってみるか?
けど、一人じゃ足りないっすよね…ってことで、初めて複数の人が同時に上がってみる、つまり歌詞と演奏を分けて表現してみるとか、間奏、前奏、楽器を分けて同時に発信してみるってことが出来た。

それをみたろう者が、「聴こえる人はいいなぁ・・・」「ずるい、いままでエンドロールに音楽が付いているなんて知らなかった、それで余韻に浸れたり出来るんだ。。。。」と、意見を言った。
それじゃぁ・・・ってことで、次の年に、もっと効果音をとか、身体で表現しきれないものは絵に描いてみた。
そしたら、「あのセミはいったいなんだ?」って質問されて、「実は夏のシーンには、ずっと泣いているんだよね」とか「風鈴の音を聴くときもち涼しく感じるんだ」と言う会話になった。
そうしたら、もっと線を太く、色をはっきり出せ!みたいな意見が出てきた。
その時に、「もしかして、聴こえる人は音を同時にたくさん聴いているのか?」という質問が出た。
「うん」と答える私。
次の年には、泣き声を分けてほしいとか、生活にも音があるんだねとか。
ミーンとかジージーとか。
お湯が沸く音とか。





命にかかわるかと言うとそれはそんなこともなく、あってもなくても良いかもしれないと私は思っているけれど、それで生活感が変わるのであれば、豊かになった方が断然幸せなわけで…

知らないよりも知っている方が楽しいわけです。
なので、わたげという名前で活動に切り替わる前までは映画の世界でCDに合わせた音楽にサインをつけて活動していました。
最初の年の「こぎつねヘレン」はピアノがとってもきれいな映画で、サインをしていた私はこころもちピアニストの気分だった。
そしてみてる人からは本当に弾いているみたいに見えたとか、そこから聴こえて来てる錯覚を起こしたとか、感想を教えてくれた。
サインはただ真似をしているわけじゃない。まだまだ表現しきれていないけれど、その時の感情とか、音楽を聞いて揺さぶられている気持ちを表現できたらいいなぁ…と思っている。

それは聴こえない人達へのプレゼント。
どう受け取っても、それは受け手にゆだねる。
私たちはそっと、そばに置くだけ。
触ってみるか、開けてみるかは受け手にゆだねる。それが基本。
自己満足にならないように、気をつけながら、伝える努力をする。ただそれだけ。

だって、プレゼントなんだもん。

私たちを育ててくれてありがとうの意味を込めて。


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